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裕子の小説置場☆

    

千葉の浦安に住むという巨大ネズミを探しに、旅に出た私……
『ネズミに会いに』を最初から読む


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「だから、おかあさんのスラックスは、裾が短いのね?」
「……これ? まぁ、それもあるけど……昔やっていた仕事の名残りかしらね」
母の手が一瞬止まったように見えた。

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手を止めることなく、さらに続ける。
「相手が隙を見せたら、とにかく一目散に逃げること。 ふだんから、走りやすい格好をしておくことも大切ね。 ズボンの裾は短めのほうが安心だわ」

私は納得した。


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タクシーに戻り乗り込むと、母は空になったストローを私から受け取り、また黙々と吹き矢を作り始めた。

と、母は手元に視線を落としたまま話し出した。
「もういちど、おさらいね。 まずは相手に矢を当てて、ひるませることが大切よ。 無理に戦おうとしちゃだめ」


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最後に、ティッシュをひねってストローに巻きつけ、ブレザーのポケットにしまった。

「忘れ物はない?」
母は私に確かめると、タクシーに向かって歩き出した。


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そのティッシュを、丁寧にほぐしながら広げはじめる。
もういちど鼻がかめるくらい十分に広げると、それを左手で持ち、左腋に挟んでいたストローを右手に持った。
そして、右手のストローと左手のティッシュを持ち替え、ふりかけをつけて舐めていたストローの先端を、ティッシュで包んだ。



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「さぁ、こんどこそ、ほんとに帰りましょ」
母は袋の口を閉じて、ブレザーのポケットにしまいこんだ。
さらに、噛んでいたストローを左腋に挟むと、空いた右手をスラックスのポケットに突っ込み、皺くちゃに丸められたティッシュを取り出した。


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「やだ、ごはん欲しくなってきちゃった」
母は手を休めて言った。

「これくらいでやめとくわ。 ほんとクセになるわね」
最後に一度、母は袋にストローを挿してから舐めた。


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母の目が大きくなった。
「あら、いいの? 噛んだストローつけちゃうわよ?」
と言いながらも、すでに母は、袋の中にストローを挿しては吸い、挿しては吸いを繰り返していた。


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「おかあさんの言うとおりだわ。 ふりかけは、味を楽しむためにあるんだもんね」
私がそう言うと、母はうれしそうに微笑んだ。

「そのふりかけは、おかあさん食べて」
私も笑顔で言った。


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たしかに、道しるべとしてふりかけを撒いたときも、後ろめたさは感じていた。
やはり、食べ物を粗末にしてはいけない。
この飽食の時代、私は当たり前のことを忘れかけていた。


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「……でもやっぱり、食べ物を武器にするのは、よくないんじゃないかしら?」
母は、噛んでいたストローを口から離した。

「そっか、そうだよね……」
と私はつぶやいた。


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「ん、おいしいおいしい」
ストローをくわえたまま、もごもご言う。

中に詰まっていたふりかけを吸い出し切ったのか、すぐにまた奥歯でストローを噛みだした。


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「こんなものかしらねぇ」
母はストローを水平にして袋から引き抜いた。
ふりかけがこぼれ落ちないよう、吸い口を親指の腹でふさぎながら、口元まで運んでくわえる。


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「おかあさんは、かつお風味がいいわ」
母はそう言うと、かつお風味以外の袋を私に返した。

「こっち側はきれいだから」
と、袋の口を開け、ストローの噛んでない側を挿し入れて、中でなんどか上下させた。


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「ほら、何種類かあるの」
私はそう言いながら、ポケットにねじこんでいた、ふりかけの袋を三つ取り出した。

「どれどれ?」
母はストローをくわえたまま私に近寄り、ふりかけの袋を手に取って確かめた。


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母のストローを噛む音が止んだ。

「それ、いいわね! でも、ふりかけなんて今持ってるの?」
そう言い終わると、また熱心に母はストローを噛みだした。


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味……? そうだわ!
妙案が閃いた。

「ねぇ、おかあさん。 これにふりかけを詰めておいて、思いっきり振ったら、目潰しにならないかしら?」


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と、母は思い出したように、先ほど自分が吹いたストローをくわえて、熱心に噛みだした。

「安心して……クチャクチャ……これ一本で……クチャクチャ……やめとくから……」

私は握っていた空のストローに目をやった。
味もついてないのに、こんなもの噛んで美味しいのかしら……?



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あいかわらず、矢は刺さらなかったが、確実に幹には当たった。

「思ったとおり、裕子は勘がいいわね。 これならもう大丈夫よ」
母は満足した様子で言った。


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「さ、あと何回か練習しときましょ」
母にうながされ、あらためて私は木から数メートル離れて立ち、吹き矢を構えた。

なんども繰り返し、吹き矢を吹く――


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「ひとまず矢が当たれば、相手はひるむはず。 それだけでも十分効果はあるわよ」
と母は続けた。

たしかにそうよね、ひるんだ隙に逃げればいいんだから。
矢が深々と相手の身体に突き刺さっているところを想像してみて、私は思わず身震いした。


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「やっぱり、おかあさんみたいには、いかないわ」
私は矢をつまんで拾い、立ち上がった。

「それはそうよ。 でも、ちゃんと幹には当たったわよ」
と母は嬉しそうに答えた。


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しかし、幹のどこを見ても、矢は刺さっていない。
隣に立つ母の顔を見ると、無言で木の根元を指差した。
私はしゃがんで地面を探った。

――あった。


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吹き矢にすばやく息を吹き込んだ。

フッ――

手ごたえを感じた。
私は木に駆け寄った。


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は!? いけない!

私は目を細めて、木の幹にのみ意識を集中させた。
つんつるてんの理由は、練習が終わったら、ゆっくり聞こう。


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